2024.03.13
レポート

「HRog賃金Now」で見る宿泊業の賃金・求人動向および賃金上昇と宿泊料の関係について

株式会社ナウキャスト Economic Research Unit
アナリスト 中山公汰
アナリスト 中村友哉


 ナウキャストは、2024年3月8日から提供を開始した「HRog賃金Now」のアルバイト・パート系列を用いて、宿泊産業における非正規雇用の状況および、サービス価格との関係を分析しました。

■サマリー

  • 宿泊関連職種の求人数、募集賃金は正社員、アルバイト・パートともに上昇傾向にあるが、アルバイト・パートの上昇の度合いが極めて大きく、宿泊業におけるアルバイト・パートの重要性を伺わせる。
  • 宿泊関連職種の募集賃金は、求人数の増加と同様に上昇を続けている。アルバイト・パートは雇用の流動性が高いため、正社員と比較して労働需給の引き締まりが賃金により波及しやすいという考え方と整合的な結果である。
  • 総務省CPIの宿泊料と宿泊関連職種のアルバイト・パート募集賃金指数の2023年1月以降の相関は、2021年から2022年と比べて大きくなっている。賃金上昇がサービス価格に波及する度合いが2021年から2022年と比べて2023年では大きくなっている可能性が示唆される。



本分析の背景について
 物価上昇が持続し、日本銀行のマイナス金利の解除が睨まれる2024年3月現在、賃金動向及びサービス価格の動向には注目が集まっている。特に、日本銀行総裁の植田和男氏は、賃金の上昇がサービス価格に波及する”第二の力”を、安定的な物価成長率達成への鍵としており、高頻度のデータを用いて賃金動向をモニタリングする事、および賃金動向とサービス価格の関係を詳細に把握する事には大きな意義がある。
 HRog賃金Nowでは従来正社員の求人動向が分析可能になっており、上記課題に対して一定程度の対応が可能であったが、2024年3月より、日本の雇用者の25%を占めるアルバイト・パートの求人数・募集賃金についても指数の提供を開始した。そこで、サービス業の内、正社員よりもアルバイト・パートの動向を強く受ける業種、具体的には宿泊業種を取り上げて求人および募集賃金の動向と、価格との関係を分析した。
 総務省の実施した2023年の労働力調査をみると、宿泊業の雇用者に占めるパート・アルバイト従業員の比率は44.6%と、全産業の24.5%と比べて約20%高くなっており、宿泊業におけるパート・アルバイト労働者の重要性の高さが伺える。
 宿泊業においてアルバイトの重要性が高い一因として、需要の季節性が考えられる。避暑地である軽井沢は夏場に多くの観光客が訪れる等、一般に日本各地の観光地にはハイシーズンとローシーズンがあり季節ごとに需要の強弱が発生する。年間を通じて変化する需要に対応するためには、正規労働者ではなく、より流動的な労働力であるアルバイト・パートに代表される非正規労働者が重要になるというわけだ。
 また、2023年中、観光・宿泊業ではコロナ禍からのリベンジ消費と円安による影響で強い需要が起きていた。強い需要が起きている産業では求人も活発になり、賃金の上昇が起きることが期待され、実際に、北海道のニセコなどの一部観光地ではアルバイトの時給が2000円を超える水準まで上昇する等(*)、非常に強い需要を背景に賃金が大きく上昇していることも報告されている。このように好況下にある産業の雇用・賃金・サービス価格で起きている事象をデータを用いて改めて確認する事にも意義があると考える。

(*)日本経済新聞 2023年12月4日 「北海道ニセコの時給『想定超える上昇』 施設清掃2200円
  https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFC29C0W0Z21C23A1000000/

 このような背景に基づき、本稿ではまずHRog賃金Nowの宿泊関連職種の正社員とアルバイト・パート指数を比較し、アルバイト・パート指数の重要性や足元の上昇の強さを確認する。
 そして、HRog賃金Nowのアルバイト・パート指数における求人数と募集賃金および募集賃金と消費者物価指数の宿泊料をそれぞれ比較する事で、宿泊関連業種におけるアルバイト・パートの雇用・賃金の状況や賃金と宿泊料の上昇の関係を確認していく。


宿泊関連職種における求人数指数の雇用形態別比較
 下図1に、HRog賃金Nowの職種別指数の内、宿泊業での就労者が多く含まれていると思われる「ホテル/旅館/ブライダル」(以下、宿泊関連職種)の正社員、アルバイト・パートそれぞれの雇用形態ごとの求人数指数の推移を示す。正社員、アルバイト・パートともに、2017年の2月13日週を100としている。
【図1】HRog賃金Now 宿泊関連職種の雇用形態別求人数指数の推移(月次)



 図1を見ると、コロナで落ち込んだ2020年を境に指数の動きが激しくなっていることがわかる。両指数ともに2020年の4月に大きく求人が落ち込んでいるが、落ち込みからの回復状況には雇用形態によって差がある。2020年7月以降、正社員指数は漸進的に回復し、2023年時点で既にコロナ前の水準を取り戻している。一方で、アルバイト・パート指数は2021年11月に100を超えた後大幅に上昇し、2024年4月現在基準となる2017年2月初週対比では2倍の求人数で安定的に推移している。特に正社員指数と乖離して指数が上昇したのは2020年の7月頃と2021年の11月頃で、両期間はGo to トラベル キャンペーンが開始されたタイミング及び県民割がワクチンパッケージ利用を前提に近隣県まで対象を拡大したタイミングに一致する。需要増を見込んだ宿泊施設が柔軟な雇用形態のアルバイト・パートを増加させたことで、これらの政府施策が観光・宿泊業界の回復ぶりに繋がったと考えられる。

 次に、正社員とアルバイト・パートそれぞれの募集賃金の推移を下図2に示す。同様に2017年の2月13日週を100としている。

【図2】HRog賃金Now 宿泊関連職種の雇用形態別募集賃金指数の推移(月次)


 図2を見ると、正社員、アルバイト・パートともに募集賃金は2017年と比較して上昇しているが、アルバイト・パートの求人数が大きく増加した2021年11月以降、募集賃金でも同様にアルバイト・パートが正社員を大きく上回るペースで上昇でしている。
 正社員とアルバイト・パートの求人数および募集賃金の比較から、宿泊業はアルバイト・パートの求人を増やすことで足元の需要の急激な増加に対応している事、およびアルバイト・パートが賃金上昇の中心になっていることがわかる。


宿泊関連職種のアルバイト・パートの求人数指数と募集賃金指数の関係
 次に、アルバイト・パートに絞って、求人数と募集賃金の関係を見る。下記図3に、宿泊関連職種のアルバイト・パートの求人数指数と募集賃金指数の推移を示す。図1と同じく、求人数・募集賃金共に2017年2月を100とおいた水準値の推移グラフとなる。

【図3】HRog賃金Now 宿泊関連職種のアルバイト・パートの募集賃金および求人数指数の推移(週次)


 募集賃金は、上昇幅は漸進的なものの期間を通じて堅調に推移している。求人数はコロナによる落ち込みがある影響でややわかりにくいが、長期的には求人数は拡大傾向を見せていると言えるだろう。本グラフで示された期間で2指数の相関係数を見ると、0.69と比較的高い数値となった。同様の計算を正社員について行うと0.49となり、アルバイト・パートと比べると弱い相関を示した。
 本分析は因果関係を示したものではないが、求人数と募集賃金の間に高い相関がみられるのは日本銀行の展望レポート(*)でも指摘されているような、雇用が流動的であるパート労働者は正規労働者と比較して労働需給の引き締まりが賃金により波及しやすいという考え方と整合的な結果であろう。
次に、図4で、宿泊関連職種のアルバイト・パートの求人数および募集賃金が大きく上昇を始めた2021年後半以降の動向を、前年比を用いて確認する。
(*)日本銀行 展望レポート(2023年1月)
  https://www.boj.or.jp/mopo/outlook/box/2301box3a.pdf

【図4】HRog賃金Now 宿泊関連職種のアルバイト・パートの募集賃金および求人数指数の前年比の推移(週次)


 これを見ると、求人数の伸び率は2022年10月頃にピークをつけており、直近の2024/2/12週では対前年を下回る水準になっている。募集賃金の伸び率は6%近傍の高い水準で2022年12月から1年ほど推移してきたが、求人数に遅れる形で2023年12月頃からやや減少している。このことから、人手不足に伴う求人の活発化はやや緩和してきており、募集賃金も先行き伸び率を更に高めることは考えにくいと言える。

募集賃金指数と宿泊料CPIの関係
 次に、宿泊関連職種における募集賃金の上昇と宿泊料の関連を確認する。下図の図5はHRog賃金Nowの宿泊業種のアルバイト・パート募集賃金指数と総務省の発表するCPIの宿泊料の推移を示したものである。宿泊料のCPIは政府施策などの割引が行われた後の価格水準を用いて作成しているため、2020年10月に始まったGo to Travelキャンペーンや2022年10月に始まった全国旅行支援などの政府施策によって一部期間では宿泊料のCPIは大きく下がっていた。その影響を受けた期間を除くと、2021年以降宿泊料は上昇傾向が続いており、特に2023年4月以降大きく上昇している。

【図5】総務省の宿泊料CPIおよびHRog賃金Now 宿泊関連職種のアルバイト・パートの募集賃金(月次)


 募集賃金と宿泊料の価格をより詳細に確認するため、2019年10月の消費税増税から1年間および政府施策の影響があったと考えられる期間を避け避け、宿泊料のCPIおよび宿泊業種のアルバイト・パート、正社員それぞれの募集賃金をプロットしたものが下記の図6である。2017年2月から2019年9月をオレンジ、2021年1月から2022年9月までを灰色、2023年1月以降を青としている。また、時系列を確認するために連続する月同士を線でつないでいる。

【図6】総務省の宿泊料CPIおよびHRog賃金Now 宿泊関連職種の雇用形態毎の募集賃金


 図6からわかる通り、2017年から2022年9月までの期間中も募集賃金の上昇は見られるものの、CPIの上昇は緩やかである。一方で、2023年1月から2024年1月の期間では散布図は時系列でおよそ右肩あがりに上昇しており、募集賃金とCPIの上昇が同時に起きていることがわかる。この結果から考えられる可能性の一つとして、日本銀行の述べるところの「第2の力」、すなわち賃金上昇がサービス価格に波及する度合いが2023年に入って大きくなっているというのが考えられる。特に、アルバイト・パートについては2021/1-2022/9にかけてもはっきりした募集賃金の上昇が見られたが、宿泊料の上昇は限定的であり、賃金の上昇のサービス価格への波及が無かったことが伺える。
 2023年中の観光・宿泊業はペントアップ需要の発現や円安によるインバウンド消費の増加など、需要の強い環境下にあり、勿論企業の収益の増加に伴い賃金への分配が進んだということも考えられるし、宿泊業に関しての議論をサービス業全体にそのまま適用できるものではない。しかし、好況下のサービス業において賃金と物価の関係がより大きくなっていたという結果から、今後のサービス価格を見るうえで募集賃金やそれと強く相関する求人数の動向が重要な指標の一つであるということは十分言えるであろう。

貴社の課題に応じて柔軟に対応いたします

詳しい事業内容や実績をまとめた
PDF資料をご請求いただけます
資料請求
icon
お見積り依頼、ご相談は以下の
フォームからお問い合わせください
お問い合わせ
icon

グループ会社