2024.03.25
レポート

消費・物価・賃金のオルタナティブデータからみるアフターコロナの九州経済の状況

※本レポートは九州経済調査月報(刊行:公共財団法人 九州経済調査協会) 2024年3月号に株式会社ナウキャストが寄稿したものです。

株式会社ナウキャスト Economic Research Unit

アナリスト 中山 公汰

ビジネスデベロップメント 市橋 幸子


1.はじめに
 2020年春の新型コロナ感染症の感染拡大は日本全国の経済活動に大きな影響をもたらした。感染拡大当初の行動制限に加え、その後の度重なる変異株の出現、感染拡大に加え、世界経済も大きな影響を受けたことから、新型コロナ感染症の日本経済における影響は長期にわたって生じることとなった。
 九州経済は、日本のGDPの約1割を占め、豊富な観光資源や東アジアとの地理的な近さを背景に国内外から多くの観光客を集めてきていたほか、日本有数の自動車産業・半導体関係の産業の集積地として国内外の企業の製造拠点が立地し、海外と強く結びつきながら域内経済を発展させてきた。こうした中で、全国と同様、九州経済にも新型コロナは大きな影響を及ぼした。具体的には、観光・サービス業の大幅な需要減、世界経済の減速やその後の回復期の半導体の世界的な需要の変動と供給制約、こうした経済状況を背景とした域内消費者の消費マインドの落ち込みや消費スタイルの変化、世界的なサプライチェーンの変調に伴うコストプッシュ型のインフレなどが生じた。
 2023年5月の新型コロナ5類移行から約半年が経過したいま、全国的には社会経済活動は正常化が進んでいるといわれている。それでは、九州経済の足もとの状況は、全国対比でみてどのように評価できるだろうか。
 一般的に、地域経済は全国に比べて公開されている公的統計が少ないため定量的なモニタリングが難しい。また、地域経済の足下の状況を踏まえ対応策を検討したいというニーズが高いにもかかわらず、数少ない入手可能な公的統計では足もとの状況の把握が困難である。この点、公的統計以外のオルタナティブデータは、足もとの動きまで把握できるほか、地域などによる分析も容易であることから、地域経済のモニタリングには非常に有用と考えられる。
 そこで、本稿では、オルタナティブデータを用いて弊社が開発した指数であるJCB消費NOW日経CPINowHRog賃金Nowにより、新型コロナの5類移行以降後の九州経済、特に個人消費、消費者物価および求人(募集賃金)の分野について、現状を分析する。

2.JCB消費NOW・日経CPINowからみる5類移行後の九州における個人消費・物価の動向
 JCB消費NOWは、株式会社ナウキャストが株式会社ジェーシービーの約1000万会員の匿名加工された決済データをもとに、消費動向を指数化したサービスである。半月毎に更新され、締め日から約2週間での更新となる速報性の高さに加え、業種や地域毎の分析が可能になっていることが大きな特徴である。JCB消費NOWを用いて、まず、大きくサービス業と小売業それぞれについて九州と全国の消費動向を比較する。サービス消費は2021年後半から回復傾向に入り、現在はコロナ禍前の水準を上回って推移している(図表1)。九州では2021年8月~9月、2022年1月~2月、2023年1月〜4月など全国平均をやや下回って推移した期間が見られていたが、2023年5月以降は全国平均並みに推移しており、新型コロナの5類以降に伴いサービス消費は通常の状態に回復したと考えられる。

【図表1】サービス指数 全国および九州居住者 対2016年度-2018年度平均比(年次・水準値<2019年=100>)

出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

 小売消費は供給制約がサービス消費ほど直接的に発生しなかったこと、巣ごもり需要に伴い耐久財や内食商品が恩恵を受けたことからコロナ禍においても大きな落ち込みは見せず、2022年度以降はコストプッシュ型インフレの進展も受けて消費指数は増加傾向を続けている(図表2)。

【図表2】小売指数 全国および九州居住者 対2016年度-2018年度平均比(年次・水準値<2019年=100>)

出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

 九州域内の消費は2022年8月以降から全国平均を上回る傾向が続いているが、この背景には九州域内では全国平均と比較してもインフレが大きく進行したことがあると考えられる。JCB消費NOWを用いて業種ごとに一人当たり商品金額の2023年暦年の変化率をみると、スーパーマーケットやコンビニ、ドラッグストアなど飲食料品・日用品を中心に販売される業種では九州・全国ともに消費が大きく増えている。一方で、家具や家電など耐久消費財の消費は前年を下回っており、インフレによる消費マインドの悪化が耐久消費財に特に悪影響を及ぼしていることが伺える(図表3)。

【図表3】小売業の業態ごとの一人当たり消費金額の前年比(2023年)

出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

 また、図表3では、食品の販売が中心となるスーパー・コンビニでは九州の前年比は全国平均を上回っている。加えて、日経新聞社が収集したスーパーマーケットでの販売データからナウキャストが作成している物価指数「日経CPINow」ではコロナ禍の大半の期間で九州の物価指数前年比が全国平均を上回っており、消費者が日々価格に直面するスーパーマーケットでのインフレは九州では全国を特に上回るスピードで進行していたと言える(図表4)。

【図表4】スーパーマーケット店頭物価(日次・前年比)

出所)ナウキャスト「日経CPINow」

 全国平均よりも激しいインフレの進行と飲食料品関連への消費増は、一般に他の消費を冷やすことにつながるが、図表1~3で確認した通り、足もとで他の業種の消費が全国平均よりも落ち込んでいるわけではない。詳細は後述するが、九州の好調な消費を支える要因として募集賃金の上昇などの良好な雇用環境の存在が考えられる。

3.JCB消費NOWFromto指数を用いた九州の観光業の動向
 消費者の居住地と店舗の所在地それぞれで分解が可能なJCB消費NOW From to指数を用いると、観光産業の回復の様子がわかる。
 東京都・大阪府・愛知県居住者の九州域内のホテルでの消費金額は、2020年暦年では2019年の4割〜6割ほどに減少したが、2021年には回復方向に転じ、2022年には大分県が、2023年には佐賀県を除いた7県が2019年の水準を上回った(図表5)。佐賀県は2022年から2023年にかけて増加ペースが鈍化しており、アフターコロナの環境で回復がやや足踏みしている。

【図表5】東京都・大阪府・愛知県居住者の九州各県のホテルでの消費金額(年次・水準値<2019年=100>)

出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

 金額ベースで県別にホテルでの消費金額における東京都・大阪府・愛知県の居住者のシェアをみると、沖縄県はコロナ禍以降5割近辺で推移しており、九州7県と比較してシェアが高い。遠方の三大都市から観光客を集客し、観光産業の規模・存在感が増していることが分かる(図表6)。

【図表6】JCB消費NOWホテル消費金額における東京都・大阪府・愛知県居住者のシェア

出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

 東京都・大阪府・愛知県の居住者の九州域内のホテルでの消費金額について、沖縄県を除く7県の動向をみると、大分県・熊本県では増加が著しく、金額シェアも2021年以降この2県が顕著に上昇している(図表7)。

【図表7】東京都・大阪府・愛知県居住者の九州各県のホテルでの消費金額のシェアおよび沖縄を除く7県内でのシェアの2019年からの差分


出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

 また、同様に東京都・大阪府・愛知県の居住者の九州各県の居酒屋での消費金額もホテル同様に回復しているが、ここでは佐賀県・熊本県・長崎県の3県の消費が他県と比較して出遅れている(図表8)。

【図表8】JCB消費NOW東京都・大阪府・愛知県居住者の九州各県の居酒屋での消費金額(年次・水準値<2019年=100>)


出所)JCB/ナウキャスト「JCB消費NOW」

4.HRog賃金Nowからみる新型コロナの5類移行後の九州における募集賃金の動向
 HRog賃金Nowは、株式会社フロッグが収集した求人広告データをもとに、弊社が開発したサービスであり、募集賃金の平均値の指数である募集賃金指数と求人数の指数である求人数指数を提供している。本指数では、職種別・都道府県別のブレイクダウンが可能であり、指数は週次で更新され、元となる求人広告データの収集日から2週間後に指数が公表される。なお、2024年1月現在、指数は正社員求人のみを対象として算出している。
HRog賃金Nowの正社員の募集賃金指数(以下「募集賃金指数」)を用いて、2019年4月を100とした水準値によりコロナ前から足もとまでの推移を確認すると、大分県と宮崎県を除いて全国対比で高い水準となっている。特に、新型コロナの感染状況が安定する2022年初旬からは、リベンジ消費の動きとして観光需要が回復してきたことを背景に、観光が主軸産業の沖縄県では高い伸びを示していたが、新型コロナ5類移行後はさらに強め伸びを示している。また、2022年9月に博多~長崎を結ぶ西九州新幹線が開業したが、沿線となる佐賀県及び長崎県では2022年度に入り九州他県対比でも伸びが強まっていることが確認できるほか、沖縄県と同様新型コロナ5類移行後は一段と強い伸びを示している。熊本県については、2021年に世界的な半導体メーカーであるTSMCが生産拠点進出を表明し、その後、半導体関連企業の新規設備投資が相次いでいる。。募集賃金指数をみても22年初から熊本県の募集賃金指数の水準は全国を上回り、2023年入り後は高めの伸びを示していることが確認できる。また、九州の人口の4割を占める福岡県についても新型コロナ感染拡大期も含めて全国対比堅調な伸びを示していることがわかる(図表9)。

【図表9】募集賃金指数の推移(総合・都道府県別・水準値<2019年4月第1週=100>)

出所)ナウキャスト「HRog賃金Now」

 熊本県について職種別に募集賃金指数をみると、2022年夏からから2023年初にかけて製造/工場/化学/食品では前年同期比+5%を超える高い伸びを示しており、一時は同+10%を上回って推移している、求人内容を仔細にみると自動車や半導体関係が目立っている。2023年入り後は22年中の一服感がみられるものの、2022年中の高い伸びを踏まえると堅調に推移していると評価できるだろう。こうした中で、飲食/フードや販売/接客/サービスなどの対面サービス業種の募集賃金指数も2022年以降比較的高めの伸びとなっており、製造業から他産業に対して経済効果が波及していることが推測できる(図表10)。


【図表10】熊本県の募集賃金指数の推移(職種別・前年同期比)

出所)ナウキャスト「HRog賃金Now」

 また、福岡県について、職種別に募集賃金指数前年比の動向をみると、販売/接客/サービスや飲食/フードで高い伸びを示しており、足もとでも前年同期比+4%超となっていることが確認できる(図表11)。3.で見たとおり、JCB消費NOW From to指数をみると、三大都市圏からの消費者の消費金額は2022年に入って2019年の水準を上回っていることが確認できる。また、一方で居酒屋での消費金額全体に占める三大都市圏の消費者による消費金額のシェアは減少していることを踏まえれば、遠方からの消費者の消費の増加に加え、近隣地域や県内居住者による消費はそれを上回る勢いで増加していることがわかる。こうした観光客および域内消費者の好調な需要が、福岡県における対面サービスの募集賃金の高い伸びにつながっていることが示唆される。

【図表11】福岡県の募集賃金指数の推移(職種別・前年同期比)


出所)ナウキャスト「HRog賃金Now」

5.おわりに
 3種類のデータを使って、九州の消費・物価・賃金の動向を見てきたが、ここまでの分析を突き合わせると、これら3つの要素が相互に連関することで九州では全国対比で消費・賃金が好調に推移している姿が浮かび上がってくる。
 HRog賃金Nowの募集賃金指数でみると、九州では新型コロナ感染拡大以降も全国対比では募集賃金は比較的良好に推移しているほか、新型コロナ5類移行後は伸びが一段と高まっており、雇用環境は良好である。また、熊本県や福岡県の例から、職種別にみても、九州の主要産業である製造業やサービス業に関する職種の募集賃金が上昇しており、雇用環境の良好さは一部の職種に限定されない動きとなっていると考えられる。
 インフレが全国対比で大きく進んでいるにも関わらず足元の個人消費は堅調となっているが、全国対比でみて好調な雇用環境が、家計の所得向上や消費者マインドの改善を通じて個人消費にプラスの影響を及ぼしていることがその背景と推測できる。
 また、九州域内の多くの県でホテルや旅行者の飲食など観光産業の消費はコロナ禍以前を上回る水準に回復していたが、福岡県や熊本県で販売/接客/サービスや飲食/フードのサービス業関連職種の賃金上昇が目立つのは、域内消費者の個人消費の堅調さに加え、観光産業の好調も押上要因の一つといえるだろう。
 2024年は、物価高の個人消費への影響や海外経済の減速が懸念されるものの、九州では引き続き半導体関連での国内外企業の設備投資が予定されているほか、インバウンド需要の増加なども見込まれる。今後も九州独自の産業構造を生かした経済成長を期待したい。

以上

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